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今にも、刀でとどめを刺そうとする必死の形相。リアルすぎる銅像!!!

このリアルなインパクトのある銅像を見るために、東海北陸自動車道・美並ICを下りてから、
山深く板取川に沿って国道256号を30分ほどかけて洞戸地区にやってきました。

途中の看板を曲がると、すぐ「神水庵」というスポットがありますが、今回は通過してしまいました。
※あとで知ったのですが、「高賀の森水」の源泉だったらしく、シドニー五輪で金メダルを取った高橋尚子が
給水に利用していたという有名な場所だった・・・・。(次回また行きます)
さらに5分ほど車で林道を上ると 大きな鳥居が見えてきます。人里離れた荘厳な雰囲気です。

大鳥居をくぐり、徒歩で5分ほど歩くと 江戸時代前期の僧侶:円空にちなんだ茶屋と記念館が見えてきます。
円空は、独特の木彫りの仏像を多く残しており、この付近では、いろいろとゆかりの場所が多いです。
東海北陸自動車道の美並IC付近から巨大な木彫りのオブジェが見えますが、それも円空の作品を模したものです。円空の銅像も建立されればいいのに・・・・。

その先が、目的の高賀神社です。

本殿前の鳥居横にその銅像が見えてきました。
まずは、本殿にて参拝をさせていただいてから 銅像を鑑賞しましょう。

藤原高光
場所:岐阜県関市 高賀神社
建立年:1988年(昭和63年)

ここ高賀には、高光の妖魔退治の伝説があるが、実際は、三十六人歌仙の一人とされる人物。
父は、村上天皇の時代の右大臣まで上り詰めた藤原師輔。藤原家の中心的家柄であったが、父の死後、出家する。

この地に伝わる 妖魔退治伝説とは、 高賀の山に 正体不明の妖魔が住み着き、人々に害をもたらした。時の帝より藤原高光に討伐の勅命が下された。
高賀神社に必勝の願をかけると神より「必殺の弓」を賜った。
いざ、妖魔退治に出発し、襲い掛かってくる妖魔に対し、神より授かった弓矢を放った。

矢は見事に妖魔に突き刺さり、その正体がついに明らかになりました。
その妖魔の姿は頭が猿、胴体が虎、尻尾が蛇 の姿をしていた「さるとらへび」であった。
猛り狂う妖魔を押さえつけ、とどめを刺す姿がこの銅像である。
完全にマウントポジションを取り、妖魔:さるとらへびの首根っこを押さえつけております。
この阿鼻叫喚の表情・・・・。銅像とはいえ、迫力満点です。

そして今にも首を切り裂かんと非情の形相で短刀を構える高光公!!
ゆかりの土地ゆえに、銅像に魂が入り込んでいるとしか思えないほどの迫力で素晴らしい作品です。

余談であるが、師輔の子孫の系統は、九条流摂家と呼ばれる。
この銅像の台座の謹書は九条家現当主の九条道弘によるものである。

撮影日:2015/9/24